サラリーマンの日本200名城登城記録

日本100名城、続100名城に興味をもった普通のサラリーマンが綴る登城日記。200名城の制覇は時間、体力、金銭に非常に厳しい旅行。だが、日本の歴史的遺跡・遺物の素晴らしさを知り、完全に登城した時の充実感を感じ、ついでにやたらと歩く運動不足の解消と仕事のストレス発散など、良いところづくめの面白さ。そのようなところを綴っていきたい。

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続100名城の67城目は東京都の品川台場。別名は品海砲台(ひんかいほうだい)。電車でのアクセスはゆりかもめで「お台場海浜公園駅」から徒歩10分程度。車はお台場公園に広大な駐車場があるので、それを利用するのが良いであろう。
登城日は2018年8月26日。午前に白河小峰城を登城し、新幹線で東京へ。そこからゆりかもめで向かった。海浜公園マリンハウス1階にてスタンプをゲットし、猛暑の中、台場へ向かう。丁度、対面にあるのがわかり、ぐるっと回らなくてはならず、気が遠くなる。写真中央の緑が見えるところだ。ちなみに、奥にあるのがレインボーブリッジだ。
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日光浴、森林浴などを楽しむ人々を羨ましく思いながら、10分弱で対面に到着。某テレビ局が見える。
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品川台場は、1853年6月にペリーが来航した翌月に、いわゆる黒船来襲に備えて江戸幕府が作った砲台である。1年3か月ほどで6基を完成させたが、現状残っているのは第3台場と第6台場の2つのみ。整備解放されているのは、この第3台場だけである。
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ここが台場への入口。海面から5mくらいの石垣で築かれている。ちょっとした小高い丘のようなイメージだ。
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内部に入ると、陣屋跡が中央に残っている。他に、弾薬庫跡が当時のものだ。
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これが砲台跡。残念ながら、江戸時代のものでは無く、模型だ。
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台場の奥にひっそりとある記念碑。滑り落ちたら、海なので注意されたし。
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ここからはレインボーブリッジが近くに見える。夜であれば、さぞかし、綺麗と思うが、真昼でも良かった。
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品川台場は「お台場海浜公園駅」からの往復で1時間半程度と思う。100名城&続100名城の中で砲台跡はここ以外にないので、違った意味でそれなりに面白かったと言う感じ。桜が綺麗だと言うことなので、春に訪れたい場所だ。(ただ、凄く混みそうであるが。。。。)
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100名城の86城目は東京都の八王子城。お盆休みに千葉への帰省後、名古屋へ帰路途中立ち寄りの登城。アクセスは、電車はJR高尾駅北口1番バスのりばから、「霊園前・八王子城跡入口」下車、徒歩約15分。土・日・祝日のみ、「八王子城跡」行が運行されている。車なら、城址入口に無料の駐車場がある。
登城日は2018年8月15日。前日に江戸城を制覇、八王子で宿泊して、翌朝10時に到着。まずは、無料のガイダンス施設でスタンプをゲットし、城址の勉強をして登城開始。舗装された道を行く。
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八王子城は山麓の居館エリアと本丸がある山頂エリアに分かれている。本丸方面はちょっとした登山になるので、特に真夏は準備をしっかりして向かうべき。まずは、御主殿跡などがある居館跡のエリアへ。古道という戦国時代に御主殿に向かう緩やかな道を行き、曳橋を渡ると、御主殿の虎口に着く。石垣類は発掘調査から再生されたものだ。
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八王子城は北条家3代当主の北条氏照によって築かれた巨大な山城で、1582年以降に築城開始されたことがわかっている。御主殿曲輪への入口の冠木門。盛り土で高くなっている城内最大の曲輪である。
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御主殿曲輪は広く、御主殿跡や会所跡などの建物跡が見られる。
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豊臣秀吉の小田原攻めに備えて大改修を行うが、1590年、前田氏や上杉氏を中心とした秀吉軍の猛攻で、僅か1日で落城したとされる。その時に御主殿にいた将兵、女子供らが自害し身を投げた場所とされる御主殿の滝は、御主殿跡から少々下ったところにある。
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山麓の居館跡のみであれば、往復で30分少々で見廻れるであろう。さて、山頂に向かうかを一服しながら考えるが、まだ11時だし、居館跡のみだと少々、消化不良のような気もして、行くことにした。
ここが本丸への登城口。本丸まで40分は掛かるとのこと、十分に気合を入れて向かう。200名城の山城の中でも鳥取城と並ぶトップクラスのしんどさだと思う。ただ、山城攻略は季節要因がかなりあると思う(あと、その時の疲労度とかも。)ので、違う印象を持つ方もいるかもしれない。少なくとも、鳥取城八王子城は酷暑の中では大変というのは言えるであろう。
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途中、金子曲輪、松木曲輪、小宮曲輪や八王子神社などを見つつ、本丸付近に到着。やはり、30分は掛かった。相当厳しかったが、このような眺望を見れば、疲れも和らぐ。ここは本当に東京か?とも思う。
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この巨大な城がたったの1日で落城とは驚く。これにより、北条氏はこの重要な支城を失い、追い込まれて行くこととなった。落城後は当然、廃城となってしまった。ようやく、着いた本丸跡。城址碑もあり、感無量。
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さて、一休みして、ここ本丸の背後にある詰の城まで行くことにした。案内によれば、約20分掛かるとあるが、その通りでヒイヒイ言いながら、到着。ここには、何と、天守閣跡の碑があった。だが、天守閣は当然、無かったのであるが。(HPにもそう記載あり。)
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八王子城は山麓部の往復、山頂部の本丸、その奥の詰の城まで行っての往復の総計で2時間30分だった。登城路の整備状況は良く、案内や説明もちゃんとあるので、足元を気にせずに迷うことなく、登城できるだろうが、いかんせん、真夏だったのでかなり厳しかった。山頂方面は眺望も良いし、やはり、苦難の末に本丸まで到着した、という達成感に満たされるはずなので、是非と思う。
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100名城の85城目は東京都の江戸城。別名は千代田城。お盆休みに千葉への帰省後、名古屋へ帰路途中立ち寄りの登城。アクセスは、電車はJR東京駅、地下鉄の大手町駅から徒歩5分程度。車なら、城址周辺に多くの有料駐車場がある。
登城日は2018年8月14日。千葉から車で向かう。お盆休み期間とあって、都内も空いていた。北の丸駐車場に車を止めるが、3時間以内で400円とか、この首都東京のど真ん中で嬉しい限り。まずは、駐車場から少し歩いて北の丸休憩場にてスタンプをゲットし、登城開始。広大な堀と石垣が見える。そのスケールは凄い。
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江戸城は1457年に太田道灌が築城したのがその始まりだが、1606年以降に徳川家康が本格的近世城郭に大拡張した。1607年に家康が作った天守は、層塔型の5重5階地下1階で、大坂城よりも大きい巨大なものであった。現在では天守台のみが残る。
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天守は、1621年に徳川秀忠、1635年に徳川家光がそれぞれ建て替えを行っている。だが、1667年の明暦の大火で焼失し、それ以降は再建されなかった。天守台への道は大した坂道では無いが、真夏の猛暑の中では結構、きつかった。それにしても、外国人観光客の多さが目立つ。
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天守台は広いが高さが無いので、城址内を撮影。近代的建築物に囲まれるが、歴史を感じることが出来る場所ということで、外人の観光客が多いそうだ。
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本丸には広大な御殿があり、松の大廊下跡がある。この廊下で、所謂、赤穂浪士討ち入りで有名な、浅野内匠頭長矩が吉良上野介義央を切り付けた刀傷事件があった。8月上旬に登場した赤穂城を思い起こす。
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明暦の大火で多くの建築物が消失した後も、1855年に発生した安政大地震でも被害を受ける。そして、1867年に江戸城は明治新政府に明け渡される。所謂、江戸無血開城である。数少ない現存物の一つである三重の富士見櫓。明暦の大火後に再建され、天守の代用となった。
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城内で最古の建築物である田安門は、1636年に建てられたものだ。
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今の「皇居」と呼ばれるようになったのは、戦後の1948年だ。大手門は本丸への登城路だった。
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ここからも、広大な水堀が見られる。この時期は蓮で覆われていた。そして、この周囲には、この暑いさなかで、ランニングをする人々が結構いた。
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最後に天神濠というお堀を。かなり、澱んでいる?ような印象。丸亀城のような「水抜き」が必要かも。
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江戸城は非常に広大なので全部を見て廻るなら、1時間半は必要であろう。さすがは徳川家の日本最大の城郭と思わせること間違いない。壮大な天守が現存していないのは、勿論しょうがないが、再建天守が築造されたら、さぞかし、素晴らしいだろうと思ってしまう。そう言えば、「お城EXPO2018」で、紹介ブースを設けていた「NPO法人 江戸城天守を再建する会」で天守再建活動をしているので、興味ある方は是非。
この日はこれで終了し、八王子へ向かう。翌日は猛暑の中で難攻と言われる八王子城に挑む。
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続100名城の43城目は東京都の滝山城。お城EXPO2018に行った翌日に登城。アクセスは電車であれば、京王八王子駅・JR八王子駅北口から、戸吹行き・秋川駅行き・戸吹スポーツ公園入口行きバスで「滝山城址下」下車。登城口がすぐそばにある。車では、登城口近くに滝山観光駐車場がある。結構な広さで無料、有難いことだ。
登城日は2018年12月23日。小田原の石垣山城から、徒歩&電車にて向かった。JR早川駅から小田原駅、新幹線で新横浜へ、八王子線でJR八王子駅。そこからバス。13時半に早川駅を出発して、滝山城址下のバス停に到着したのは15時45分頃だった。バス停から徒歩数分の加住住民センターにてスタンプをゲット。(滝山城の中の丸にもスタンプあり。)住宅街を抜けて登城開始。天野坂と言う大手口から。左手に堀が続いている。
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先に進むと、左に小宮曲輪、右手が三の丸。小宮曲輪を過ぎ、歩くこと10分ほどで、最も奥にあると思われる山の神曲輪に。ここは民衆の避難場所であったとされる。特に何もないので、説明版を。
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高台にあり、その眺望は良かった。曇りだったのが残念。しかし、真冬の16時過ぎの山城。わざわざ、遠めの山の神曲輪まで来る人の気配も無く、暗くなり始めてもおり、少々、気味が悪かった。動物が出てくるのような場所ではないが。
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滝山城は、1521年、大石定重が築城、1558年頃に北条氏照が城を大改修した。来た道をまた10分弱ほど掛けて戻る。千畳敷に到着。ここへの入口には馬出があり、防御を固めている様子が窺えた。
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だんだん暗くなってきたので、急ぎ、見所の一つである中の丸へ。ここは広く、トイレがあり、そこにスタンプ台があるのも確認。
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1569年、甲斐の武田信玄軍が小田原城攻略の途中、2万の軍で滝山城を包囲し、周囲の民家を焼き払い、滝山城の三の丸まで攻め込まれた。2千の寡兵で凌いだものの、この戦いで滝山城の防御体制が不十分であることを痛感、八王子城を築城し移転するきっかけとなった。中の丸の奥から、腰曲輪方面の眺望も良かった。
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本丸には霞神社が建っている。その奥に城碑が建っているので、忘れずに行きたい。
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薄暗くなった本丸からの眺望。ここらへんで日没っぽくなってきたので、帰路に着く。
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最後は、中の丸と本丸をつなぐ木橋。この下から先に大堀切があるので、是非、現地にてご確認いただきたい。
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結局、下山したのは17時でかなり駆け足となったが、要した時間は1時間。通常であれば、もう15分くらいは掛かると思う。道中はしっかりと整備されているし、案内板や解説版も充実、要所での眺望も良く、もう少し、ゆっくり見たいと思わせる山城であった。
この後は、バス停に戻る。時間帯にもよるが、八王子駅行きは20分に1本くらいはあるので安心だし、近くにコンビニもあるので、多少の待ち時間があっても苦にはならないであろう。八王子駅からは宿泊先である土浦市まで向かう。翌日は、朝から土浦城、笠間城の2城の予定だ。
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