サラリーマンの日本200名城登城記録

日本100名城、続100名城に興味をもった普通のサラリーマンが綴る登城日記。200名城の制覇は時間、体力、金銭に非常に厳しい旅行。だが、日本の歴史的遺跡・遺物の素晴らしさを知り、完全に登城した時の充実感を感じ、ついでにやたらと歩く運動不足の解消と仕事のストレス発散など、良いところづくめの面白さ。そのようなところを綴っていきたい。

タグ:秋田県

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続100名城の86城目は秋田県の脇本城。別名は涌本城、生鼻城、太平城。アクセスは電車は、JR脇本駅から徒歩で35分ほど。車なら、山麓と中腹に無料の駐車場有り。
登城日は2019年4月30日。GW10連休を利用しての東北&関東&甲信地方の100名城、続100名城、その他の城の合計22城を巡る旅の3日目、計10城目。この日は、久保田城秋田城と廻り、最後となる。
秋田城から昼食を挟んで、約1時間半で到着。車で行く場合、かなり交通量の多い道から急に脇道に入る感じだったと思うので、ご注意を。幸い、雨も止んで、山麓の駐車場に止めて登城開始。中腹の駐車場まで行くことも出来るが、道幅が狭いので対向車が来ると少々、面倒かも。山麓からはさほどキツイ坂を上るわけではないので、それぞれ、現地でご判断頂くのが良いと思う。
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緩やかな坂道をゆっくりと歩き、10分ほどで中腹の駐車場に到着。ここにプレハブの脇本城址案内所があるので、まずは、スタンプをゲット。内部には無人なれど、パンフや説明がある。
実は、山麓から登って来た道は、「天下道(てんがみち)」と言い、中世の頃に交通の要所となっていた道とのこと。舗装されているのは残念だが、道筋は当時のままとのことで、少し感動しながら、歩いて行く。
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脇本城の築城時期や築城者は明らかになってはいない。調査による出土品等から、15世紀にはその機能を果たしていたとされる。日本海に突き出るような丘陵にあるので、その眺望は絶景。曇り空であったのが、残念であるが、晴天であれば、嘸かし美しいと思う。
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この城は、安東氏一族の安東愛季(ちかすえ)が安土桃山時代の1577年に大規模な修復を行って居城としたと言われている。内館(うちだて)というエリアを気持ち良く散策する。南端はこのような感じで、曲輪がしっかりと残っている。
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南端から内館地区を眺める。竪堀跡、曲輪跡などがハッキリと確認出来、当時の築城技術の高さを窺い知ることが出来る。
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安東愛季の次男である実季(さねすえ)の時、1589年に湊城に居城を移した時か、関ヶ原後に国替えとなった1602年のいずれかで廃城になった。家臣の居住地であった館群跡が残る。このような絶景の高台、羨ましく思うも、冬とかは風強く、厳寒であっただろうな、とも思う。
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内館の西側には、南北250mにも及ぶ土塁が続く。日本海側に面しており、ここが海上交通の要所であったことを感じることが出来る。
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脇本城の見所の中で重要なのが、主郭部と大土塁。主殿や会所があったとされる場所。
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最大高さ6mの大土塁は圧巻であったし、桜も綺麗だった。
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東端の大土塁に3方を囲まれているここに城主が住んでいたとされる。
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脇本城は山麓から上がり、内館跡を隅々まで廻って、往復で1時間少々だった。内館以外にも馬乗り跡があるが、日も暮れ始めたので、断念した。馬乗り跡まで見るなら、更に1時間弱は必要と思う。非常に整備良く保存され、曲輪や堀、土塁など、山城ならではのものがかなり残っている点に感動した。更には、眺望は日本海を見渡せる絶景。ただ、夏は日除けする木々は無いし、冬はとても厳しそう。春や秋に登城するのが良いと思う。
これで、東北&関東&甲信地方の100名城、続100名城、その他の城の合計22城を巡る旅の3日目が終了。宿泊先の大館に向かった。翌日は、青森県の城を攻める。
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続100名城の85城目は秋田県の秋田城。別名は最北の古代城柵官衙遺跡(こだいじょうさくかんがいいせき)。アクセスは電車は、JR秋田駅から秋田中央交通バスで約20分、「秋田城址歴史資料館前」で下車、徒歩で3分。車なら、付近の案内板に従って行けば、城址近くの広い無料駐車場に行ける。
登城日は2019年4月30日。2017年10月2日に一度、来ており、今回で2度目。GW10連休を利用しての東北&関東&甲信地方の100名城、続100名城、その他の城の合計22城を巡る旅の3日目、計9城目。久保田城からは、約30分程度で到着。
駐車場からは2方向に分かれる。東門や建物群などがある外郭方面と政庁を中心とした中核部。そして、政庁側には、スタンプや秋田城址についての解説などがある秋田市立秋田城址歴史資料館秋田城の見るべきところは、この3つだ。
残念にも雨の中、まず、外郭方面へ。このような城址全体の模型と見所の解説がある。
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秋田城は古代の城柵で、733年、「「出羽柵」(いではのき)が庄内地方から、秋田村高清水岡(たかしみずのおか)に遷された」との記載が、「続日本紀」にあるのが初出と確認されている。その後は、760年の記録で「阿支太城」と記され、この頃から秋田城と呼ばれるようになったとのこと。復元された東門と築地塀は、奈良時代の創建期の頃の姿。
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門をくぐり、中に入ると、鵜ノ木地区と言うエリアで、古代沼や建物跡、古代の水洗トイレなどがある。雨が激しくなったこともあり、東門付近から写真を撮って、ここは終了。
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奈良時代には、政治を行う「国府」が置かれ、北方交易・交流の拠点としても重要な役割を果たしていた。平安時代の878年、蝦夷(えみし)による元慶の乱で占拠され、また、939年の天慶の乱でも攻撃を受けた。その後、10世紀後半にはその機能は失ったとされる。来た道を駐車場方向へ戻り、そのまま進むと、東大路という道がある。ここから政庁へ向かうことになる。

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政庁入口手前には、このような政庁の模型がある。政庁は大きく分けて6期の変遷があることが発掘調査によってわかっており、これは第Ⅱ期、770~800年頃と推定されている。
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これが政庁に入る門。築地塀があるのは、東門と同じ。
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中に入ると、政庁に。東西94メートル、南北77メートルで、一番大きな建物は正殿と呼ばれる建物であったとのこと。
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政庁の奥の方から、秋田市立秋田城址歴史資料館へ。階段を降り、道路を渡ってすぐのところにある。スタンプをゲットし、内部を観覧する。秋田城のジオラマは非常に分り易かった。
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秋田城の見所の一つに、外郭にある当時最新式の水洗トイレがあるが、雨のため、断念したので、せめて模型で。どうも便器下に沈殿槽があり、そこに貯めて、そこの上澄みだけ古代の沼に流入させていたとのこと。この時代、他国で水洗トイレがあったのかは知らないが、当時から日本のトイレは清潔であったのか、と感心せずにはいられない。
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今回は降雨のため、細部に渡って見学することが出来なかった。だいたい、全ての見所を見廻って、1時間程度、秋田市立秋田城址歴史資料館も隅々まで見るなら、更に1時間は必要。最初に、秋田城址歴史資料館に行ってから、城内を散策する方が理解しやすくて良いと思う。
この後は、この日最後の続100名城の脇本城へ向かう。山城なので、雨が止んでくれれば、と思いながら。。。
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100名城の96城目は秋田県で唯一選定されている久保田城。別名は矢留城。アクセスはし易く、電車ではJR秋田駅から徒歩10分ほど。車は、城址目の前に有料の駐車場が有るが、ただ、あまり台数は入らない規模。
登城日は2019年4月30日。2017年10月2日に一度、登城経験があり、今回で2度目。10連休という滅多に無い機会を利用しての東北&関東&甲信地方の100名城、続100名城、その他の城の合計22城を巡る旅の3日目、計8城目だ。前日に鶴岡市内に宿泊していたので、この日午前中は秋田市への移動のみ、3時間ほど掛けて12時頃に到着。車を止めると、すぐに秋田市立佐竹史料館が目に入る。ここにはスタンプが設置されているが、前回の登城時に入館したのでパス、小雨の中、すぐに登城開始。現在、久保田城は千秋公園として整備されている。まま、微妙な階段を登って行く。
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久保田城は1603年に佐竹義宣が築城した。元々、佐竹氏は常陸水戸54万石であったが、関ヶ原の戦いで東軍、西軍どっちとも言えない対応のために徳川家康に睨まれて、20万石の減転封となり、ここ久保田城に入った。階段を登って行くと、復元された表門(正門、一ノ門)に着く。本丸への玄関口で警備上も重要な門であったとのこと。又、周囲には石垣は無く、土で作り上げた城であると実感出来る。
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この門を過ぎると、唯一の現存物である御物頭御番所がある。ここで侵入者を厳重に警戒していた。
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本丸入り口には表門の礎石が展示されている。これは、来場者用にここへ移したものとの説明があった。
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1880年の大火の前には、ここ本丸跡には御殿などの建物があったとされるが、ほぼ全ての建築物が消失してしまった。綺麗に整備されており、雨天でなければ、もっと気持ち良い場所だと思う。
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本丸にある銅像は、佐竹義宣と思いきや、佐竹義堯(よしたか)のそれであった。久保田藩12代目、最後の藩主のお方とのこと。
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数分歩けば、御隅櫓に着く。元々、久保田城には8つの櫓があったとされ、北西隅の一番高い場所にあった櫓を復元したもの。正確には、2階建てであったが、それに最上階に展望階を加えて3階建てにしたとのこと。
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1階にてスタンプをゲットし、佐竹氏の歴史を解説したパネル展示を見ながら、最上階へ。この櫓は物見や武器の貯蔵庫として利用されていたとのことで、流石にその眺望はなかなかだった。
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御隅櫓を後にして、帯曲輪門跡や裏門跡を見る。
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登城地点に戻り、広大な二の丸を雨の中、少し散策し、終了とした。
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久保田城の見所を廻って、要した時間は約30分程度であった。小雨だったので、やや駆け足であったが。もう少し、説明版があっても良かったとは思うが、それなりにあるし、城内は綺麗に整備されている。最初は少々、階段を登るが、以降は平坦になるので楽に登城できるであろう。
この後、急に雨が激しくなって来る。もはや、どうしようもないが、すぐ近くにある秋田城へ、急ぎ向かった。ここからは車で30分程度だ。
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