続100名城の48城目は群馬県の岩櫃城。(いわびつじょう)2018年の年末に群馬・埼玉・栃木の3県の続100名城巡り。電車でのアクセスはJR群馬原町駅が最寄り。車では、城址の下に無料駐車場有り。
登城日は2018年12月27日。この日は、名胡桃城、小川城、沼田城、ロックハート城に続き、最後の5城目。まずは、この冬季にスタンプ設置場所となっているJR群馬原町駅舎内にある東吾妻町観光協会にてスタンプと上州真田3名城のクリアファイルに、岩櫃城のシャープペンをゲット。そこから城址の駐車場へ移動、徒歩数分で岩櫃山の登山口に到着。この左側に建屋があり、冬季以外はそこでスタンプ台があるようで、この時期は無人でパンフレット等がある。
人気のない山城へ登城開始。お目当ての本丸までは約500m。
岩櫃城は築城年代、築城主ともに定かではないが、南北朝時代に吾妻氏が築城したとも言われている。又、武田氏領内の3名城の一つとされる。(他の2城は甲斐の岩殿城、駿府の九能城)登場してすぐに見えて来るのが、中城跡。本丸、二の丸の手前にある広大な曲輪だ。何故か、中央に廃棄されたと思われる軽トラがあるのが、少々不気味。一人なら、明るいうちの登城が良いだろう。
5分ほど歩けば、本丸まで250mとの表示。ここまではかなり緩やかな登りであったが、ここからは急な道を行くことになる。道は整備されているので歩きやすかった。
1563年に武田信玄は真田幸隆に岩櫃城攻略を命じ、城主の吾妻氏が奮闘するも、落城。真田氏は岩櫃城の改造を行った。二の丸から本丸へは大きな堀切がある。
一時、沼田一帯は北条氏の支配下となるが、1590年の豊臣秀吉の小田原攻めで北条氏が滅びると、再び、真田家の支配下となり、岩櫃城は沼田城の支城としての役割を担った。当時の竪堀が綺麗に残っている。
本丸の中でも少し高くなっている位置に櫓台跡が残る。ここから周囲を観察していたと推察されている。
1600年の関ヶ原の戦いでは、真田昌幸が西軍、信幸が東軍につくが、岩櫃城は東方についている。その後、1615年に徳川家康の一国一城令により、岩櫃城は破却となる。本丸跡の城址碑がある。
ここからの眺望は周囲が木々に覆われており、あまり見渡せる箇所が無かったが、一望できる場所からのそれはとても良かった。
岩櫃城は山麓の駐車場から、中城跡、二の丸、本丸までの往復で40分程度だった。少々、駆け足だったので、実際はもう少し時間が必要かもしれない。もう少し、説明版が丁寧であれば、この堅城を深く理解できると思う。
これで、この日の5城巡りは終了、宿泊先の熊谷に戻る。翌日は、続100名城の埼玉の2城、栃木の1城を巡る。
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登城日は2018年12月27日。この日は、名胡桃城、小川城、沼田城、ロックハート城に続き、最後の5城目。まずは、この冬季にスタンプ設置場所となっているJR群馬原町駅舎内にある東吾妻町観光協会にてスタンプと上州真田3名城のクリアファイルに、岩櫃城のシャープペンをゲット。そこから城址の駐車場へ移動、徒歩数分で岩櫃山の登山口に到着。この左側に建屋があり、冬季以外はそこでスタンプ台があるようで、この時期は無人でパンフレット等がある。
人気のない山城へ登城開始。お目当ての本丸までは約500m。
岩櫃城は築城年代、築城主ともに定かではないが、南北朝時代に吾妻氏が築城したとも言われている。又、武田氏領内の3名城の一つとされる。(他の2城は甲斐の岩殿城、駿府の九能城)登場してすぐに見えて来るのが、中城跡。本丸、二の丸の手前にある広大な曲輪だ。何故か、中央に廃棄されたと思われる軽トラがあるのが、少々不気味。一人なら、明るいうちの登城が良いだろう。
5分ほど歩けば、本丸まで250mとの表示。ここまではかなり緩やかな登りであったが、ここからは急な道を行くことになる。道は整備されているので歩きやすかった。
1563年に武田信玄は真田幸隆に岩櫃城攻略を命じ、城主の吾妻氏が奮闘するも、落城。真田氏は岩櫃城の改造を行った。二の丸から本丸へは大きな堀切がある。
一時、沼田一帯は北条氏の支配下となるが、1590年の豊臣秀吉の小田原攻めで北条氏が滅びると、再び、真田家の支配下となり、岩櫃城は沼田城の支城としての役割を担った。当時の竪堀が綺麗に残っている。
本丸の中でも少し高くなっている位置に櫓台跡が残る。ここから周囲を観察していたと推察されている。
1600年の関ヶ原の戦いでは、真田昌幸が西軍、信幸が東軍につくが、岩櫃城は東方についている。その後、1615年に徳川家康の一国一城令により、岩櫃城は破却となる。本丸跡の城址碑がある。
ここからの眺望は周囲が木々に覆われており、あまり見渡せる箇所が無かったが、一望できる場所からのそれはとても良かった。
岩櫃城は山麓の駐車場から、中城跡、二の丸、本丸までの往復で40分程度だった。少々、駆け足だったので、実際はもう少し時間が必要かもしれない。もう少し、説明版が丁寧であれば、この堅城を深く理解できると思う。
これで、この日の5城巡りは終了、宿泊先の熊谷に戻る。翌日は、続100名城の埼玉の2城、栃木の1城を巡る。
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